2009 年 1 月 30 日

<魚眼図>長音符をつけるか

カテゴリー: 魚眼図 — Column @ 12:00 AM

長音符とは主に外来語などで長音を表すのに使われる記号で「ー」と書く。この記号をつけるか(伸ばすか)つけないか(伸ばさないか)は実は根が深い問題なのである。
一般には最後に長音符をつける。北海道新聞も「コンピューター」と伸ばしているはずである。この原稿も伸ばさずに「コンピュータ」と書くと修正される(今回は修正されないはずだが)。筆者は特に強い思い入れはないので、修正されればその指示に従うことにしている。
科学技術の専門文書では最後に長音符はつけない。「プリンター」ではなく「プリンタ」である。規格として三音節以上は長音符をつけないことになっている。「エラー」は二音節なので最後に長音符をつける例外である。この規格はある程度厳格で、好き嫌いにかかわらず伸ばしてはいけない(あくまで伸ばしたいと言い張ったら原稿を載せてもらえない可能性もある)。
話を複雑にしているのは、内閣告示は最後の長音符をつけるのを基本としていることである。伸ばさない規格と伸ばす告示の両方が存在するのだ。結局どちらでもいいということになる。実際も会社によって伸ばしたり伸ばさなかったりしている。
昔は一文字でも短い方が節約になるという理由で伸ばさない方を選んだ意味もあるらしいが、いまは一文字ぐらい気にならない。伸ばす方が日本語としての発音に近い(多くの日本人が「コンピューター」と発音する)のに対して伸ばさない方が元の発音に近い(computerはどちらかと言えば伸ばさない)という違いである。これからはどちらが主流になっていくだろうか。
(松原仁・はこだて未来大教授=人工知能)
2009/01/30

2009 年 1 月 16 日

<魚眼図>リテラシー

カテゴリー: 魚眼図 — Column @ 12:00 AM

リテラシーとは本来、「言葉によって読み書きできる能力」を意味する英語で、日本語では識字能力と訳されてきた。日本はリテラシーが高く、そのおかげで成長発展を遂げてきたと言っていい(誰のせいなのか、漢字の読み書きの本もよく売れているそうだ)。
このリテラシーという言葉が最近はいろいろな形で使われるようになってきた。「コンピューターリテラシー」はコンピューターを使いこなす能力を指す。「情報リテラシー」は情報がはんらんする社会で適切な情報をいかにうまく入手するかの能力を意味する。「メディアリテラシー」は新聞、雑誌、インターネット、テレビ、ラジオなど、さまざまなメディア(媒体)をうまく使いこなす能力のことである。これら三つの中身はよく似ている。いろいろなリテラシーを身につけたいが、やはり本来の字を読み書きする能力が最も大切である。もっと本を読みましょう。
テレビゲームや携帯電話といった若者への弊害が心配されているものについても、一律に禁止するとかではなく、リテラシーを身に付けさせることが重要だと思う。
文字や本などと比べて、テレビゲームや携帯電話の歴史は浅く適切な付き合い方がまだわかっていない。付き合いすぎは長時間プレイや長電話につながり、付き合いを頭から拒絶すると損をする(やらない人にはわからないであろうが、名作のテレビゲームは下手な小説や映画よりもよほど面白い)。何事も適度がいい。テレビも登場したばかりのときには付き合い方がよくわからなかったが、時間をかけて「テレビリテラシー」を身につけてきた。テレビゲームや携帯電話でもできるはずである。
(松原仁・はこだて未来大教授=人工知能)
2009/01/16

2009 年 1 月 9 日

週刊現代

カテゴリー: ニュース — hitochan @ 6:48 PM

週刊現代の1月24日号(東京では1月9日の発売です)に松原がインタビューを
受けたロボカップの記事が出ました。福田和也さん(文芸評論家)が書いた2ページ
のものです。2050年に人間のワールドカップの優勝チームに勝つロボットチーム
を作るという目標は実現できると思っています。

公立はこだて未来大学 松原仁研究室
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