<魚眼図>言語化の能力
ある学会の特別講演で棋士の羽生善治さんと対談した。ご存じのように彼は竜王、名人など現在四つのタイトルを持つ将棋界の第一人者である。だから将棋が強いのは当然であるが、話も非常にうまいのにはあらためて感心させられた。羽生さんのようなレベルになるとほとんど無意識のうちに次の手を考えているはずである(将棋だけでなく、およそ専門家といわれる人は無意識のうちに問題を解いているはずである)。その無意識の過程を明確に言語化できる能力が羽生さんは抜きんでている。
羽生さんによれば、将棋では候補手のほとんどすべてはその手を指すことによって今の局面より悪くなってしまうのだそうである。今の局面より良くなる手はごく少数に限られる。だからその少数の中から指す手を選べばいいということだそうだ。囲碁と比較するのがいいかもしれない。囲碁では候補手のほとんどは(部分的には陣地の確保になるという意味で)いい手なのである。
羽生さんぐらい強くならないと、将棋にはいい候補手がほとんどないなどとは言えない。筆者はアマ五段であるが、良さそうな候補手がたくさんあってそこから最善手を選ぶのに困っている。
現在のコンピューター将棋もいい候補手がたくさんありすぎて困っている段階である。羽生さんのレベルまでの道は遠い。
将棋界は第一人者が言語化も得意であるという非常に恵まれた状況にある。この幸運を生かして、将棋というゲームの面白さ、奥深さをもっともっと知りたいと思っている。
(松原仁・はこだて未来大教授=人工知能)
2003/07/07