<魚眼図>コンピューターの完成度
コンピューターは非常に完成度の低い機械である。普及している割に使うのがこんなに大変な機械は、他には自動車ぐらいだろう(国内だけで毎年一万人も死者を出す機械は自動車しかない)。「コンピューターが使える」というだけで偉そうにできるのも、それだけ使いにくい証拠である。だが、コンピューターも自動車も便利なので、完成度の低さを我慢して使わざるを得ない。コンピューターの習得に苦しんでいる読者がいたなら、それはあなたのせいではなくコンピューターのせいである。
完成度が高くなれば、普通の人にとってコンピューターは空気のような存在で、目にふれなくなっていく。たとえば携帯電話にその前兆が見える。中のコンピューターを気にすることなくインターネットにアクセスしたりメールを読み書きしたりできる。「トロン」というOS(基本ソフト)が使われていることを知らなくてもいいのである。
いまのように動く機械を何でもかんでもロボットと呼ぶのは止(や)めた方がいいと思うが(ロボットが好感を持たれている日本ならではの現象である)、いわゆるロボットは、実は次世代のコンピューターなのである。いまのコンピューターはキーボードにディスプレーという悲惨なほど使いにくい入出力装置だが、次世代のコンピューター(すなわちロボット)は、人間同士のように会話や身ぶりで意志を伝達する。つまりロボットは、コンピューターに口や耳や顔や足といった入出力装置がついたもののことである。
人間同士であれば相手の頭の中に脳があると意識することはまずない。中にあるはずのコンピューターを意識させないロボットができて初めてコンピューターが「完成」したことになるのである。
(松原仁・はこだて未来大教授=人工知能学)
2002/01/21